本の紹介

『心を病んだらいけないの?-うつ病社会の処方箋-』:生きづらさへの処方としての「対話」

「心を病んだらいけないの?-うつ病社会への処方線-」(新潮選書)

 「心を病んだらいけないの?-うつ病社会への処方線-」(新潮選書)は、鬱病(双極性障害)を患ったことのある歴史学者の与那覇潤さんと精神科医である斉藤環さんの対談集です。昨年(2020年)の小林秀雄賞を受賞しています。

 小林秀雄賞の受賞理由に「書名をはるかに超えた、射程の広い見事な「平成史」」とあるように、書名は心を病むことについての解説を連想させるものですが、実際の内容は現代社会のさまざまな事象(SNS、発達障害、自己啓発、AI…など)や、それらにまつわる人間の心理についての鋭い分析と考察となっています。

 ↓小林秀雄賞の受賞理由や選評はこちらのページにあります(ページの下部にあります)。

 そういう意味では、心を病むことやその治療に対する具体的な情報を求めている方には肩透かしな内容かもしれません。

 しかし、そういった具体的な情報とはまた別に、このさまざまな「生づらさ」に満ちた現代社会を生きていくのに必要な価値観を提示していると思います。(*ただ、「まえがき」に書かれている与那覇さんによる「よい医者(精神科医)の探し方」は非常に示唆に富んでおり、主治医との関係性やなかなか継続して通える医療機関を見つけられない方は必見です)

 本のカバー折り返し部分には本文からの次のような言葉が引用されています。

 

この本で提案したい処方箋はただひとつ、「対話」である

「心を病んだらいけないの?-うつ病社会への処方線-」(新潮選書)

対話においては、合意や調和(ハーモニー)を目指す必要はない。むしろ「違ていること」ことが歓迎される。共感を大切にしながらも、自分と相手の「違い」を掘り下げること。異なった意見が対立しあわずに共存している状態を、対話実践では「ポリフォニー」と呼ぶ。

「心を病んだらいけないの?-うつ病社会への処方線-」(新潮選書)

 このように、著書を通して二人が繰り返し主張するのは「対話」というものの価値です。

 それは、コントロールがきかない偶然性にみちたものや、一見ムダに見える冗長性に満ちたものにこそ人生に欠かせない価値があるという視点です。心や体をコントロールできるものと見なす「操作主義」が氾濫する昨今だからこそ、このような価値観を主張するこの著書が高い評価を受けたのではないかと思います。

 また、全体を通して、著者二人の深まりを見せつつも一定の距離を保つといった絶妙な距離感のやりとりのあり様が、まさに「対話」とはどのようなものなのかを体現しているようでした。そういった意味で、読者は、対談で語られている内容そのものからだけではなく、お二人の姿勢からも「対話」というものの性質を知り、その価値や意義を実感することが出来ます。小林秀雄賞の選評の多くが二人の対話のあり様に触れているのも頷けます。

 巻末にある、お二人からの『「対話」によって人間関係と自分自身を変えるための10冊』『重い病気のあとで新しい人生をはじめるのに役立った10冊』という読書案内も興味深いです。著者のお二人やその主張に関心をもった方は、ここから関心をさらに広げていくことが出来るのではないでしょうか。

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中野カウンセリングオフィス
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